システム障害やサービス停止といったインシデント対応に追われ、ビジネスへの影響に頭を悩ませていませんか。安定したサービス提供の鍵は、標準化された管理体制の構築と、データに基づく継続的な改善サイクルを確立することにあります。本記事では、ITILの考え方をベースに、インシデント管理の目的や問題管理との違いといった基礎から、体制構築の具体的な5ステップ、MTTRなどのKPI設定、PDCAの回し方までをプロの視点で徹底解説します。さらに、JiraやServiceNowといった代表的なツールの選定ポイントも紹介。この記事を読めば、属人化を防ぎ、インシデントからの迅速な復旧と再発防止を実現するための具体的なアクションプランが明確になります。
インシデント管理とは何か
インシデント管理とは、ITサービスの予期せぬ中断や品質の低下(これらを「インシデント」と呼びます)が発生した際に、ビジネスへの影響を最小限に抑え、サービスを迅速に正常な状態へ復旧させることを目的とした一連のプロセスのことです。ITサービスマネジメントのベストプラクティスを体系化した「ITIL(Information Technology Infrastructure Library)」においても、中心的なプロセスの一つとして位置づけられています。
例えば、「社内システムにログインできない」「Webサイトの表示が極端に遅い」「プリンターから印刷ができない」といった事象はすべてインシデントに該当します。これらを放置すれば、業務の停滞や顧客満足度の低下、ひいては企業の信頼失墜に繋がりかねません。インシデント管理は、こうした事態を未然に防ぎ、万が一発生した場合でも組織的な対応によって損害を最小化するための重要な活動なのです。
インシデント管理の目的とビジネスにおける重要性
インシデント管理の最大の目的は、前述の通り「サービスの迅速な復旧」です。根本原因の追及よりも、まずは利用者がサービスを使える状態に戻すことを最優先します。この目的を達成することにより、ビジネスにおいて以下の3つの重要な価値をもたらします。
ビジネスインパクトの最小化
システム障害などによる業務停止時間を短縮することで、売上機会の損失や生産性の低下といったビジネスへの直接的な悪影響を最小限に食い止めます。顧客満足度と信頼性の維持・向上
安定したサービス提供は、顧客満足度に直結します。インシデント発生時に迅速かつ的確な対応を行うことで、かえって顧客からの信頼を高めることにも繋がります。情報システム部門の業務効率化
対応プロセスを標準化することで、担当者のスキルレベルに依存しない、一貫性のある高品質な対応が可能になります。また、過去のインシデント対応履歴をナレッジとして蓄積することで、同様のインシデントに対してより迅速に対応できるようになり、業務効率が向上します。
このように、インシデント管理は単なる「障害対応」ではなく、ビジネスの継続性と成長を支えるための戦略的な活動として、極めて高い重要性を持っています。
インシデント管理と問題管理・変更管理の違い
インシデント管理を理解する上で、しばしば混同されがちな「問題管理」と「変更管理」との違いを明確に把握しておくことが重要です。これらは互いに連携し合うプロセスですが、その目的と役割は異なります。
インシデント管理が「発生した火事を迅速に消し止める(応急処置)」活動だとすれば、問題管理は「出火原因を調査し、再発を防ぐ(根本原因の解決)」活動、変更管理は「防火設備を導入するなど、安全に変更を加える(リスク管理)」活動に例えられます。以下の表でそれぞれの違いを整理します。
| 管理プロセス | 目的 | 主な対応内容 | 具体例 |
|---|---|---|---|
| インシデント管理 | サービスの迅速な復旧(応急処置) | ・影響範囲の特定 ・暫定的な回避策(ワークアラウンド)の提供 ・サービス復旧作業 | Webサーバーの動作が不安定になり、Webサイトにアクセスできない。 →サーバーを再起動して、ひとまずアクセス可能な状態に復旧させる。 |
| 問題管理 | インシデントの根本原因の特定と恒久的な解決(再発防止) | ・根本原因分析(RCA) ・恒久的な解決策の策定 ・既知の誤り(Known Error)の記録 | なぜサーバーが不安定になったのかを調査する。 →アクセス急増によるメモリ不足が根本原因だと特定する。 |
| 変更管理 | IT環境への変更に伴うリスクの管理 | ・変更要求の評価、承認 ・変更計画の立案とテスト ・変更作業の実施とレビュー | メモリ不足を解消するため、サーバーのメモリ増設作業を計画する。 →作業による影響を評価し、承認を得た上で計画的に実施する。 |
このように、3つのプロセスは密接に関連しています。インシデントの発生をきっかけに問題管理プロセスが開始され、その解決策として変更管理プロセスが実行される、という流れが一般的です。これらの違いを正しく理解し、組織内で役割を分担して連携することが、安定したITサービス運用の鍵となります。
効果的なインシデント管理体制の作り方 5つのステップ
インシデント管理を場当たり的な対応で終わらせず、組織的な強みへと変えるためには、体系的な体制構築が不可欠です。インシデントの発生は避けられないという前提に立ち、いかに迅速に検知し、影響を最小限に抑え、正常な状態へ復旧させるか。そのための仕組み作りが求められます。ここでは、多くの企業で成果を上げている、実効性のあるインシデント管理体制を構築するための5つの具体的なステップを、プロの視点から解説します。
ステップ1 体制の目的と適用範囲を定義する
インシデント管理体制を構築する最初のステップは、「何のために、どこまでを対象とするか」を明確に定義することです。この土台が曖昧なままでは、後のプロセス設計や役割分担がぶれてしまいます。
目的としては、以下のような項目が挙げられます。
- サービスの中断時間を最小化し、事業継続性を確保する
- 迅速な復旧により、顧客満足度やブランドイメージの低下を防ぐ
- インシデントの原因と解決策をナレッジとして蓄積し、サービス品質を向上させる
- コンプライアンス要件やサービスレベルアグリーメント(SLA)を遵守する
次に、適用範囲を定めます。全社的なすべての業務を対象とするのか、特定のITシステムやサービス、あるいは特定の事業部に限定するのかを具体的に決定します。目的と適用範囲を明確に定義することで、関係者の認識を統一し、後のステップで設定するKPIやプロセスの妥当性を担保できます。初期段階では、最もクリティカルなシステムやサービスからスモールスタートするのも有効なアプローチです。
ステップ2 インシデント管理における役割と責任を明確にする
インシデント発生時に「誰が」「何を」「どこまで」行うのかが不明確だと、対応の遅れや指示系統の混乱、責任の押し付け合いといった問題が生じます。これを防ぐため、各役割と責任範囲を文書化し、全関係者で共有することが極めて重要です。
一般的に、インシデント管理では以下のような役割が設定されます。組織の規模や特性に応じて、これらの役割を兼任する場合もあります。
| 役割 | 主な責任 |
|---|---|
| サービスデスク(一次受付担当) | インシデントの第一報を受け付け、内容を正確に記録する。既知の解決策で対応できるか判断し、対応できない場合は適切な担当者へエスカレーションする。 |
| 技術スペシャリスト(二次・三次対応担当) | エスカレーションされたインシデントの技術的な調査、診断、解決策の実施を担当する。インフラ、アプリケーション、データベースなど専門分野ごとに担当が分かれることが多い。 |
| インシデントマネージャー | インシデント対応全体の指揮を執り、進捗を管理する。特に重大なインシデント発生時には、関係者間の調整、経営層への報告、意思決定を主導する。 |
| 事業部門担当者 | インシデントが自部門の業務に与える影響を評価し、IT部門と連携して代替策の検討やユーザーへのアナウンスを行う。 |
各役割の責任範囲を明確化する手法として、RACIチャート(実行責任者、説明責任者、協業先、報告先を定義するフレームワーク)などを活用するのも非常に有効です。誰が最終的な意思決定者なのかを定めておくことで、重大なインシデント発生時にも迅速な判断が可能になります。
ステップ3 標準化された管理プロセスを設計する
インシデント対応の品質を安定させ、属人化を防ぐためには、一連の対応フローを標準化されたプロセスとして設計する必要があります。これにより、誰が対応しても一定の品質が保たれ、対応の抜け漏れを防ぐことができます。
設計すべき主要なプロセスには、以下の項目が含まれます。
- 検知と記録: どのようにインシデントを検知し、どのような情報を記録するかのルール。
- 初期対応と分類: 受け付けたインシデントの緊急度・影響度を評価し、優先順位を決定する基準。
- 調査と診断: 原因を特定するための手順や切り分け方法。
- エスカレーション: どのような条件で、誰に、どのように対応を引き継ぐかのルール。
- 解決と復旧: 解決策を実施し、サービスを正常な状態に戻す手順。
- 終了と報告: 対応完了の確認と、関係者への報告フォーマットやタイミングの定義。
特に、ビジネスインパクトに基づいた「優先度付けのマトリクス」と、対応が滞らないための「エスカレーションルール」は、限られたリソースを効率的に配分し、対応の迅速性を左右する重要な要素です。これらのプロセスは、ITILなどのベストプラクティスを参考にしつつ、自社の実情に合わせてカスタマイズすることが成功の鍵となります。
ステップ4 ツールを導入し環境を整備する
設計したプロセスを効率的に運用するためには、適切なツールの導入が欠かせません。メールやExcelでの管理は、情報が散在しやすく、対応状況の可視化やデータ分析が困難になるため、すぐに限界を迎えます。
インシデント管理ツールを導入することで、以下のようなメリットが得られます。
- 情報の一元管理: すべてのインシデント情報をチケットとして集約し、対応履歴や担当者を明確にする。
- プロセスの自動化: 優先度に応じた担当者の自動割り当てや、SLAに基づいたアラート通知などを自動化し、対応漏れを防ぐ。
- 可視化とレポーティング: 対応状況や未解決のインシデント数をダッシュボードで可視化し、KPIの計測やレポート作成を容易にする。
- ナレッジベース連携: 過去のインシデント対応履歴を検索可能なナレッジベースとして蓄積し、同様の問題への迅速な対応を支援する。
重要なのは、ツールを導入することが目的化しないように注意することです。ツールはあくまでステップ3で設計したプロセスを円滑に実行するための支援システムと位置づけ、自社のプロセスに合った機能を持つツールを選定することが成功の鍵となります。また、ツール導入と並行して、関係者がスムーズに利用できるネットワーク環境やアクセス権限の整備も忘れずに行いましょう。
ステップ5 関係者への周知とトレーニングを実施する
どれだけ優れた体制やプロセス、ツールを準備しても、それを利用する「人」が内容を理解し、使いこなせなければ意味がありません。体制構築の最終ステップとして、すべての関係者に対する周知とトレーニングを徹底することが不可欠です。
周知活動としては、説明会の開催、イントラネットやポータルサイトへのドキュメント掲載、定期的なメールマガジンでの情報発信などが考えられます。
トレーニングでは、単にツールの操作方法を教えるだけでは不十分です。以下の点を網羅的に伝えることが重要です。
- インシデント管理体制の目的と全体像
- 定義された各プロセスの流れと、その背景にある意図
- 自身に割り当てられた役割と責任範囲
- インシデントの報告・記録方法とツールの具体的な使い方
- 重大インシデント発生時のエスカレーションフローと連絡体制
体制構築は一度で終わりではありません。定期的なトレーニングや、実際のインシデントを想定したシミュレーション訓練を実施し、そこから得られたフィードバックを元にプロセスやルールを継続的に見直していく文化を醸成することが、形骸化させないために最も重要です。これにより、インシデント管理体制は組織に深く根付き、真の強みへと進化していきます。
インシデント管理の主要なプロセスとフロー
効果的なインシデント管理は、場当たり的な対応ではなく、体系化されたプロセスに沿って進めることが成功の鍵となります。ここでは、ITサービスマネジメントのベストプラクティスであるITIL(Information Technology Infrastructure Library)をベースとした、標準的なインシデント管理の5つのプロセスと具体的なフローを解説します。
インシデントの検知と記録
インシデント管理の最初のステップは、インシデントの発生を「検知」し、管理システムに「記録」することです。検知のチャネルは、ユーザーからの電話、メール、チャットツールでの報告から、監視ツールによるシステム異常のアラートまで多岐にわたります。重要なのは、どのような経路で発生したインシデントも見逃さず、すべてを単一の管理ツール(チケット管理システムなど)に記録・一元管理することです。
記録する際には、以下の情報を正確に残すことで、後のプロセスがスムーズに進みます。
- 報告者の氏名・連絡先
- インシデントの発生日時
- 発生している事象の具体的な内容
- 利用しているシステムや機器の情報
- エラーメッセージ(表示されている場合)
- ビジネスへの影響範囲
初期対応と分類・優先度付け
インシデントが記録されると、サービスデスクなどの一次担当者が「初期対応(トリアージ)」を行います。この段階では、過去のナレッジベースを検索し、既知の問題であれば迅速に解決策を提供します。解決できない場合でも、状況のヒアリングや応急処置を施し、インシデントを「分類」して「優先度」を決定します。
分類
インシデントを「ハードウェア障害」「ソフトウェアのバグ」「ネットワーク接続の問題」「アカウント関連」といったカテゴリに分類します。適切な分類により、専門知識を持つ担当チームへ迅速に割り当てることが可能になります。
優先度付け
優先度は、ビジネスへの「影響度」と対応の「緊急度」の2つの軸を組み合わせて決定するのが一般的です。これにより、限られたリソースを最も重要なインシデントに集中させることができます。以下のマトリクスはその一例です。
| 緊急度:高 (即時対応が必要) | 緊急度:中 (数時間以内の対応が必要) | 緊急度:低 (1営業日程度の猶予あり) | |
|---|---|---|---|
| 影響度:大 (基幹システム停止など) | 優先度:最優先 | 優先度:高 | 優先度:中 |
| 影響度:中 (一部門の業務停止など) | 優先度:高 | 優先度:中 | 優先度:低 |
| 影響度:小 (個人PCの不具合など) | 優先度:中 | 優先度:低 | 優先度:低 |
調査と診断・エスカレーション
割り当てられた担当者は、インシデントの根本原因を特定するための「調査」と「診断」を開始します。ログファイルの分析、再現テストの実施、関係者へのヒアリングなどを通じて、問題の核心に迫ります。一次担当者で解決が困難な場合は、迅速な「エスカレーション」が不可欠です。
機能的エスカレーション
より高度な専門知識や技術スキルを持つ二次・三次担当者(例:ネットワーク専門チーム、データベース管理者、開発チームなど)に対応を引き継ぐことです。
階層的エスカレーション
インシデントの影響が極めて大きい場合や、SLA(Service Level Agreement)で定められた解決時間を超過しそうな場合に、マネージャーや部門長などの上位の役職者に報告し、意思決定や追加リソースの投入を仰ぐことです。
解決と復旧
調査と診断によって原因が特定された後、恒久的な「解決策」を実施し、システムやサービスを正常な状態に「復旧」させます。具体的には、パッチの適用、設定の変更、ハードウェアの交換、データのリストアなどの作業が行われます。作業完了後は、必ずテストを行い、問題が完全に解消されたことを確認します。そして、最も重要なのは、インシデントを報告したユーザーに連絡を取り、正常に業務を再開できることを確認してもらうことです。ユーザーの合意をもって、復旧が完了したと見なします。
終了と報告・ナレッジ化
ユーザーから復旧の確認が取れたら、インシデント対応は「終了(クローズ)」となります。対応記録に、原因、実施した解決策、対応にかかった時間などを最終的に追記し、チケットを閉じます。影響の大きかったインシデントについては、関係者向けにインシデント報告書を作成し、経緯と再発防止策を共有します。
そして、インシデント管理プロセスで最も価値のある活動の一つが「ナレッジ化」です。今回のインシデント対応の全記録を、将来の参照資産としてナレッジベースに登録します。これにより、次に同様のインシデントが発生した際に、誰もが迅速かつ的確に対応できるようになり、組織全体のインシデント解決能力が向上します。この蓄積されたナレッジが、継続的なサービス改善の基盤となるのです。
インシデント管理の成功を測るKPI設定のポイント
インシデント管理体制を構築しても、その効果を客観的に評価できなければ、継続的な改善は望めません。そこで重要になるのが、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)の設定です。この章では、インシデント管理の成功を測り、改善サイクルを回していくためのKPI設定のポイントを具体的に解説します。
なぜインシデント管理にKPI設定が重要なのか
インシデント管理におけるKPI設定は、単なる数値目標の設定ではありません。「なんとなく」の感覚的な運用から脱却し、データに基づいた客観的な評価と改善を実現するために不可欠な活動です。KPIを設定することで、以下のようなメリットが生まれます。
- 現状の可視化と課題の特定: チームのパフォーマンスやプロセスのどこにボトルネックがあるのかを数値で正確に把握できます。
- 関係者との共通認識の醸成: 目指すべきサービスレベルを具体的な数値で共有することで、チーム内だけでなく、経営層や他部署との認識を統一し、協力体制を築きやすくなります。
- 改善活動の効果測定: 実施した改善策が、実際にどれほどの効果をもたらしたのかを定量的に評価し、次のアクションに繋げることができます。
- サービス品質の証明: 設定した目標値(SLA: サービスレベルアグリーメントなど)を達成していることを示すことで、顧客や利用者に対するサービスの信頼性を証明します。
KPIは、インシデント管理体制を健全に機能させ、ビジネスへの貢献度を高めていくための「羅針盤」の役割を果たすのです。
設定すべき主要なKPIの例
インシデント管理で用いられるKPIは多岐にわたりますが、最初からすべてを追う必要はありません。自社の目的や組織の成熟度に合わせて、特に重要ないくつかの指標から始めることが成功の鍵です。ここでは、多くの企業で採用されている代表的なKPIを紹介します。
平均解決時間(MTTR)
MTTR(Mean Time To Resolution/Repair)は、インシデントが発生(検知)してから完全に解決し、サービスが復旧するまでの平均時間を示す指標です。インシデントがビジネスに与える影響の大きさを直接的に測る、最も重要な指標の一つと言えます。MTTRが短ければ短いほど、サービス停止による機会損失や信用の低下といったビジネスインパクトを最小限に抑えられていることを意味します。
計算式: (全インシデントの解決時間の合計) ÷ (インシデント総数)
単に全体の平均値を見るだけでなく、インシデントの優先度やカテゴリ別にMTTRを分析することで、「特定のシステムの復旧に時間がかかっている」「重大インシデントの解決が遅れがち」といった、より具体的な課題を発見できます。
初回応答時間
初回応答時間(First Response Time)は、ユーザーやシステムからインシデントが報告されてから、担当者が何らかの形で最初の応答(対応開始)をするまでの平均時間です。この指標は、ユーザーの不安を軽減し、顧客満足度を大きく左右する重要な指標です。応答が速いほど、ユーザーは「問題が認識され、対応が始まった」と安心することができます。
計算式: (全インシデントの初回応答時間の合計) ÷ (インシデント総数)
ここで重要なのは、自動返信メールの時間ではなく、実際に担当者が内容を確認し、アクションを開始した時間で計測することです。SLAで初回応答時間を定めている場合は、その遵守率も合わせて計測すると良いでしょう。
解決率
解決率(Resolution Rate)は、ある一定期間内に発生したインシデントのうち、無事に解決まで至った案件の割合を示します。これは、インシデント管理チームの対応能力とプロセスの健全性を測るための指標です。解決率が低い場合、未解決のまま放置されているインシデントが多いことを意味し、ナレッジ不足、人員不足、プロセスの欠陥など、根本的な問題が存在する可能性を示唆します。
計算式: (期間内に解決したインシデント数) ÷ (期間内に発生したインシデント総数) × 100(%)
関連する指標として「初回コール解決率(FCR: First Call Resolution)」も非常に重要です。これは、ユーザーからの最初の問い合わせだけでインシデントが解決した割合を示し、プロセスの効率性と顧客満足度の高さを表します。
これらの主要なKPIをまとめると、以下のようになります。
| KPIの名称 | 概要 | この指標からわかること |
|---|---|---|
| 平均解決時間(MTTR) | インシデント発生から解決までの平均時間 | サービス復旧の迅速性、ビジネスインパクトの大きさ |
| 初回応答時間 | インシデント報告から担当者の初期対応までの平均時間 | 初動対応の速さ、顧客満足度への貢献度 |
| 解決率 | 発生したインシデントのうち解決に至った割合 | チームの対応能力、プロセスの有効性 |
| SLA遵守率 | SLAで定めた目標(解決時間など)を達成した割合 | サービスレベルの維持状況、顧客との約束の遵守度 |
| エスカレーション率 | 一次対応で解決できず、上位の担当者やチームに引き継がれた割合 | 一次対応チームのスキルレベル、ナレッジの充足度 |
KPIを設定し運用する際の注意点
効果的なKPI運用のためには、ただ指標を設定するだけでは不十分です。形骸化させず、継続的な改善に繋げるためには、以下の点に注意する必要があります。
- ビジネス目標と連動させる: 「なぜこのKPIを追うのか」を常に意識し、会社の事業目標やIT戦略と結びつけることが重要です。例えば、「顧客満足度の向上」という事業目標があるなら、「初回応答時間」や「初回コール解決率」の優先度が高まります。
- 達成可能な目標を設定する: 現状の数値を把握した上で、現実的に達成可能な、少し挑戦的な目標を設定しましょう。非現実的な目標は、チームのモチベーションを低下させる原因になります。
- 指標の数を絞り込む: 最初から多くのKPIを設定すると、管理が煩雑になり、重要な洞察を見逃す可能性があります。まずは3〜5個の最も重要な指標に集中し、運用が軌道に乗ってから徐々に追加していくのが賢明です。
- KPIの「ゲーム化」を避ける: KPIの数値を達成すること自体が目的化しないように注意が必要です。例えば、MTTRを短縮するために、根本原因を解決せずに応急処置だけでインシデントをクローズしてしまう、といった本末転倒な行動を誘発する危険性があります。KPIはあくまでもサービス品質向上のための「手段」であることを常に意識しましょう。
- 定期的に見直しを行う: ビジネスの状況や組織の体制は常に変化します。設定したKPIが現状に適しているか、形骸化していないかを定期的に(例えば四半期に一度など)レビューし、必要に応じて見直すプロセスを組み込むことが不可欠です。
継続的な改善を促すPDCAサイクルの回し方
インシデント管理体制は、一度構築して終わりではありません。ビジネス環境の変化やシステムの複雑化に対応し、サービス品質を維持・向上させるためには、継続的な改善活動が不可欠です。そのための強力なフレームワークが「PDCAサイクル」です。ここでは、インシデント管理のプロセスを常に進化させるための、具体的なPDCAサイクルの回し方を解説します。
Plan: 計画 インシデントデータの分析と改善目標の設定
継続的改善の第一歩は、現状を正しく把握することから始まります。蓄積されたインシデントデータを多角的に分析し、課題を特定した上で、具体的で測定可能な改善目標を設定します。
まずは、前章で設定したKPIをはじめとする、以下のようなデータを分析します。
- KPIの推移: 平均解決時間(MTTR)、初回応答時間、解決率などの月次・週次トレンド
- インシデントの傾向: カテゴリ別、発生源(システム・サービス)別、原因別の発生件数と割合
- エスカレーションの状況: エスカレーション率、どのチームへのエスカレーションが多いか
- SLA(サービスレベル合意)の遵守率: 目標時間内に対応完了できたインシデントの割合
- ナレッジの活用状況: 過去のインシデント対応記録やFAQがどの程度参照・活用されているか
これらの分析を通じて、「特定のシステムで障害が頻発している」「一次対応チームの解決率が低い」「解決までに時間がかかりすぎているプロセスがある」といったボトルネックや課題を明確にします。
課題が特定できたら、「SMART」原則(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)を意識して具体的な改善目標を立てます。
例:「来四半期末までに、サーバー関連インシデントのMTTRを現状の5時間から4時間へ20%短縮する」「FAQの拡充により、パスワードリセットに関する問い合わせ件数を30%削減する」
Do: 実行 改善策の実施
Plan(計画)フェーズで設定した目標を達成するための改善策を実行に移します。この段階で重要なのは、いきなり全体に展開するのではなく、管理可能な範囲で慎重に進めることです。
改善策の例としては、以下のようなものが考えられます。
- プロセスの見直し: 承認フローの簡略化、エスカレーションルールの明確化
- ドキュメントの整備: 対応手順書(マニュアル)の更新、FAQコンテンツの追加
- ツールの活用: アラート通知の自動化、定型的な報告業務のテンプレート化
- トレーニングの実施: 特定の技術領域に関する勉強会、新しいプロセスのロールプレイング
大規模な変更を伴う場合は、まず特定のチームやサービスに限定して試験的に導入する「パイロット運用」が有効です。これにより、予期せぬ問題点を早期に発見し、本格導入前に修正することができます。また、改善策を実行する際は、いつ、誰が、何を、どのように変更したのかを正確に記録しておくことが、次のCheck(評価)フェーズで極めて重要になります。
Check: 評価 KPIによる効果測定
Do(実行)フェーズで実施した改善策が、本当に効果を上げたのかを客観的に評価します。この評価なくして、改善活動は「やりっぱなし」で終わってしまいます。
評価の軸となるのは、Plan(計画)フェーズで設定したKPIです。施策の実施前後でKPIの数値がどのように変化したかを比較・検証します。
例えば、以下のように表形式でまとめることで、効果が一目瞭然となります。
| 評価項目(KPI) | 施策実施前 | 施策実施後 | 成果 |
|---|---|---|---|
| 平均解決時間(MTTR) | 5.0時間 | 4.2時間 | 0.8時間短縮(目標達成) |
| 一次対応での解決率 | 65% | 68% | 3ポイント向上(目標未達) |
| パスワード関連の問い合わせ件数 | 月間80件 | 月間55件 | 25件削減(目標達成) |
数値による定量的な評価に加え、担当者へのヒアリングなどを通じて「業務負荷が軽減されたか」「プロセスは分かりやすくなったか」といった定性的な評価も行いましょう。たとえ目標を達成できなかったとしても、その原因を分析し、次のアクションに繋げるための貴重な学びと捉えることが重要です。
Action: 改善 次の計画への反映
Action(改善)は、PDCAサイクルの最後のステップであり、次のサイクルへの出発点となります。Check(評価)の結果に基づき、今後のアクションを決定します。
アクションは、主に以下の3つのパターンに分かれます。
- 成功した施策の標準化と横展開:
目標を達成し、有効性が確認された改善策は、組織全体の標準プロセスとして正式に採用します。パイロット運用で成功した場合は、対象範囲を他のチームやサービスへと拡大(横展開)します。 - 目標未達だった施策の見直し:
期待した効果が得られなかった場合は、その原因を深掘りします。「計画自体に無理があったのか」「実行方法に問題があったのか」「別の要因が影響したのか」などを分析し、計画を修正して再度挑戦するか、あるいは全く別のアプローチを検討します。 - 新たな課題への取り組み:
今回の改善活動を通じて、これまで認識されていなかった新たな課題が発見されることもあります。その場合は、その課題を次のPDCAサイクルのテーマとして設定し、新たなPlan(計画)をスタートさせます。
このActionフェーズを確実に実行し、サイクルを止めずに回し続けることこそが、インシデント管理体制の成熟度を高め、組織のサービス品質を継続的に向上させるための鍵となります。
インシデント管理を効率化するおすすめツール
インシデント管理のプロセスを標準化し、対応の迅速化と属人化の解消を実現するためには、ツールの活用が不可欠です。Excelやスプレッドシートでの手動管理は、情報共有の遅れや対応漏れ、分析の困難さといった課題を抱えがちです。インシデント管理ツールを導入することで、これらの課題を解決し、組織全体の対応能力を向上させることができます。
ここでは、自社に最適なツールを選ぶためのポイントと、国内で広く利用されている代表的なツールをご紹介します。
ツール選定で失敗しないための3つのポイント
数多くのツールの中から自社に最適なものを選ぶためには、明確な基準を持つことが重要です。以下の3つのポイントを参考に、慎重に比較検討しましょう。
1. 自社の規模と目的に合っているか
まず、自社の組織規模やインシデント管理体制の成熟度を考慮する必要があります。例えば、ITILに準拠した本格的なITサービスマネジメント(ITSM)を目指すのか、まずはインシデントの記録と対応状況の可視化から始めたいのかによって、選ぶべきツールは異なります。多機能なツールが必ずしも最適とは限りません。自社の目的を達成するために必要な機能を備え、かつコストや運用負荷が見合うツールを選定しましょう。
2. 既存システムとの連携性
インシデント管理は単独で完結するものではなく、様々なシステムと連携することで真価を発揮します。特に、SlackやMicrosoft Teamsといったチャットツール、システム監視ツール、開発チームが利用するプロジェクト管理ツールなどとの連携は重要です。API連携の可否や、標準で連携できるアプリケーションの種類を確認し、既存の業務フローを分断せず、むしろ効率化できるツールを選びましょう。
3. 操作性とカスタマイズの柔軟性
ツールは、IT部門の担当者だけでなく、場合によっては一般の従業員も利用する可能性があります。そのため、誰にとっても直感的で分かりやすいインターフェースであることが求められます。また、企業の成長や体制の変化に合わせて、報告フォームの項目や対応ワークフローを柔軟に変更できるカスタマイズ性も重要な選定基準です。無料トライアルなどを活用して、実際の画面を操作し、現場の担当者がストレスなく使えるかどうかを確認することが失敗しないための鍵です。
代表的なインシデント管理ツールの比較
ここでは、インシデント管理ツールとして国内で広く認知され、実績のある代表的な3つのツールを比較してご紹介します。それぞれ特徴や得意分野が異なるため、自社の状況と照らし合わせて検討してください。
| ツール名 | 主な特徴 | ターゲット企業 | 強み |
|---|---|---|---|
| SHERPA SUITE | ITIL準拠の国産ITSMツール。インシデント管理、問題管理、変更管理などを網羅。 | 中小企業~大企業 | 日本語のインターフェースと手厚い国内サポート。日本企業の文化に合わせた運用が可能。 |
| Jira Service Management | アトラシアン社が提供。開発ツールJira Softwareとの親和性が非常に高い。 | スタートアップ~大企業 | 開発と運用の連携(DevOps)を強化。柔軟なワークフロー設定と豊富なアプリによる拡張性。 |
| ServiceNow | ITSMのデファクトスタンダード。IT業務だけでなく全社的な業務プロセスを統合管理。 | 中堅企業~大企業 | 圧倒的な機能性と拡張性。ITSMの枠を超えた全社的なDX推進プラットフォームとして活用可能。 |
ITサービスマネジメントツール SHERPA SUITE
SHERPA SUITEは、純国産のITサービスマネジメント(ITSM)ツールです。ITILに準拠したプロセスを基本としながらも、日本企業の業務実態に合わせた柔軟な運用が可能です。インシデント管理はもちろん、問題管理、変更管理、構成管理といったITSMに必要な機能が網羅されています。
最大の強みは、国産ツールならではの日本語での手厚いサポート体制と、直感的で分かりやすいインターフェースです。海外製ツールにありがちな翻訳の不自然さや、サポートとのコミュニケーションの壁を感じることなく、スムーズに導入・運用を進めることができます。ITILに基づいた本格的なインシデント管理体制を構築したいが、海外製ツールの導入に不安がある企業に最適な選択肢と言えるでしょう。
プロジェクト管理ツール Jira Service Management
Jira Service Managementは、アジャイル開発ツールとして世界中で利用されているJira Softwareを開発したアトラシアン社が提供するサービスデスクツールです。その最大の魅力は、Jira Softwareとのシームレスな連携にあります。
サービスデスクが受け付けたインシデントを、簡単な操作で開発チームのバックログ(Jira Software上の課題)に連携できるため、障害の原因究明や修正といった開発チームとの協業を劇的に効率化します。これにより、開発と運用が一体となってサービス品質向上を目指すDevOpsの文化を醸成しやすくなります。すでにJira Softwareを導入している企業や、開発チームとの連携を強化したいと考えている企業にとって、第一の候補となるツールです。
ITSMプラットフォーム ServiceNow
ServiceNowは、ITSMツールのグローバルリーダーとして知られる非常に高機能なプラットフォームです。単なるインシデント管理ツールではなく、IT業務から人事、経理、総務といったバックオフィス業務全般まで、社内のあらゆるワークフローをデジタル化し、一元管理することを目指しています。
その圧倒的な機能性と拡張性が強みであり、大企業における複雑な承認プロセスや部門をまたいだ連携を自動化し、全社的な生産性向上とデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する基盤となり得ます。一方で、非常に多機能であるため、導入・運用には専門的な知識が必要となり、コストも比較的高額になる傾向があります。IT部門だけでなく、全社的な業務改革を見据えている大企業向けのソリューションです。
まとめ
本記事では、効果的なインシデント管理体制の作り方から、KPI設定、継続的な改善サイクルまでを網羅的に解説しました。インシデント管理は、単なる障害対応ではなく、ビジネスへの影響を最小限に抑え、サービスの信頼性を高めるための戦略的な活動です。その成功の鍵は、明確な目的と役割のもとで標準化されたプロセスを設計し、組織全体で実行することにあります。
MTTR(平均解決時間)などの適切なKPIを設定することは、管理体制の有効性を客観的に測定し、PDCAサイクルを通じて継続的な改善を促すために不可欠です。また、Jira Service Managementのような専門ツールを活用することで、プロセスの効率化と情報共有の円滑化が実現します。この記事で紹介したステップやポイントを参考に、自社のインシデント管理体制を見直し、より強固なサービス基盤を構築してください。
